生命維持装置のコードや、栄養を摂取するための点滴のチューブが衛宮の身体へと伸びており予断を許さない状態だ。
八神はやては車椅子に座りながら、眠り続ける衛宮の頬をなでた。
僅かなぬくもりが感じられた。数ヶ月だけだが、衛宮の事を『お父さん』と呼んでいた。
年齢を考えれば失礼な話だが、それでも衛宮は笑顔で答えてくれた。
助けてくれた。自分の孤独を分かってくれた。
だからなのだろう……はやてが衛宮の事を『お父さん』と呼びたくなったのは。
ワガママを言ったりもして、衛宮を困らせた事が何度もあるけれど、その全てを笑って受け入れてくれた。
父親も母親も死んでしまった今、家族と言う存在ははやてにとって大切な存在だった。
シグナムもシャマルもヴィータもザフィーラも、かけがえの無い家族だ。
誰か一人でも欠けてしまえば、はやては自身を許せないだろう。そして今、目の前で意識を未だに取り戻さない父の様でいて、兄の様な者が死なないよ
うに祈ることしか出来ない自分を歯がゆく思っているのもまた事実。
「おとーさん……ごめんな、ウチのせいでこんな事なってしもうて」
「主はやて。今はまだそっとしておきましょう」
「……せやね。騒がしゅうしたら、治るもんも治らんもんね」
浮かんでいた涙を拭うと、シャマルが車椅子を押して部屋を後にした。
シグナムは壁にもたれかかったまま、衛宮の姿を見て拳を握りこんだ。
彼女の顔に映る感情は焦りでも悲しみでもなく、怒りだった。
傷だらけの身体の衛宮。これまで、どのような生き方をしてきたのかは分からない。
だが、何度も己の命を投げ出して、誰かを救ってきたのだと言う事は直に理解できた。
その証が衛宮の体中に刻まれている傷跡だ。
裂傷を初めとした傷跡に、丸い傷跡――シグナムは知らないが銃創である――に様々な傷跡がある。
不退転の決意なのか、それとも彼の意志なのか、背中には恐らく拷問による傷跡が主なモノだ。
「衛宮……お前は、本当に正義の味方を目指していたのだな」
シグナムは小さく呟いた。
それと同時だろうか。光が生まれる。
強い光ではなく淡く優しい光だ。
急に生まれた光に対し、警戒を強めてレヴァンテインを手にした。
光が収まり、そこに居たのは青いドレスの上にマントの様なものを纏っている少女だった。
鮮やかな金髪に碧い眼の少女で、衛宮を見下ろしながらその手を彼に伸ばした。
細くしなやかな指が衛宮の胸に触れると、それに呼応する様に衛宮の身体が光に包まれていく。
「何者だ!」
『貴女の敵では有りません……その剣を収めてくれませんか?』
「怪しい者を信用しろ、と?」
『む、確かに貴女言うとおりですね。ですが、シロウは貴女を信頼しているのでしょう?なら、私に貴女と敵対する理由は有りません』
「もう一度言う。何者だ?」
『それは……シロウが目を覚ませば聞いてください。セイバーと言えば分かるでしょう』
「セイバー……だと?」
『はい。それにしても、シロウは相変わらず誰かの為に戦っているのですね……』
「……衛宮の事をよく知っているようだな」
『えぇ。貴女よりもシロウの事はよく知っていますから』
少女が困った様な笑顔を浮かべ、衛宮の頬をつねるると両頬を引っ張り伸ばす。
心なしか楽しそうに見え、シグナムは敵意を削がれてしまい、剣を収めて様子を見ることにした。
『全く、人に心配ばかりかける所は治っていませんね。これはお仕置です』
「衛宮は昔からそうなのか?」
『えぇ……私がどんなに危ないからやめろと言っても聞いてくれず、苦労しました』
懐かしい思い出を語るように、ゆっくりと語りだした。
彼女と衛宮の出会い。それから起こった全ての出来事を。
シグナムは少女の話に耳を傾け、気付けば拳を握りこんでおり、僅かに血が滲んでいる。
衛宮の生き方と歪を一言で表すならば、愚者……それも偽善者的な部分も強い。
己の命を顧みず、他の誰かを救う為に戦うなど騎士ではない。
騎士とは誇りを持って戦い、時には無力な者を護る為の盾となる。
けれど、衛宮は紛う事無く騎士だ。弱者を護る為だけに、命を賭け続けてきた大馬鹿だ。
命がけの代償が、護ってきた者達の裏切りとは、笑えない話だ。
「衛宮は……裏切られた事をどう思っているのだろうな」
『……シロウは裏切られた事については、どうでもいいのでしょう。彼にとって重要なのは、命を救う事が出来るか否か、のみですから』
「馬鹿な男だ……」
『そうですね……ですが、それで救われた人も居るのもまた、確かです』
「……確かに、な」
シグナムは小さく呟くと、主の事を考える。
闇の書の主となった者は悉く、破滅を迎えてきた。
しかし、その忌まわしき螺旋を断ち切ったのは、衛宮の力もある。
アルカンシェルを使用しえたのは、衛宮の作戦の立案であり、あの結界を展開した上に決め手にかけた一手を担ったのだ。
感謝しきれぬほどの恩が、シグナム達ヴォルケンリッターにはある。
シグナムの顔を真っ直ぐに見つめている少女が、真剣な顔をして口を開いた。
『……貴女に教えておかなければならない事が有ります』
「なに?」
『士郎が使う魔術について、貴女に教えておかなければなりません』
「わかった。話してくれ」
『士郎の使う魔術は、貴女達の使う魔術とは全く異なるのです』
「だろうな……衛宮の使う魔法は見た事も無いものだった」
『彼の使う魔術は投影魔術と呼ばれる物で、本来の用途で言えば召喚術における触媒の為の物なのです。けれど、士郎の使う投影は全くの異端。世界からの修正を受ける事無く、この世界に有り続ける事が出来る。士郎本人が魔術の使用を停止するか、投影された物に綻びが出来るかしか、士郎の投影魔術は解除する事が出来ないのです』
「どういう事だ……?世界からの修正?」
『……やはり、世界が違うだけで認識に違いが出るのですね』
「世界が……違うだと?」
『はい。私達が居た世界とこの世界は似て非なる世界。極めて近く、限りなく遠い世界なのです』
「次元世界を超えてきたのか?」
『次元世界……?いえ、士郎は平行世界の壁を越えて、この世界にやってきたのです』
「平行世界……?なんだ、それは?」
『……平行世界とは、簡単に言えば可能性の世界です。例えば、今回の一件で貴女の主が死んでしまった世界もあるのです、それが平行世界』
「な、に?馬鹿な、主は!」
『死ぬと言う可能性と、生きると言う可能性の内、この世界は生きると言う可能性が選ばれた。ならば、選ばれなかった世界もある。それに、士郎がこの世界に訪れず、この世界とは違う世界へと飛ばされた世界。もと居た世界で死んだ世界もあるでしょう。それこそ、億、兆では小さ過ぎるほどに』
「納得する以外にない、か」
『私達が居た世界は意志を持っているのです。詳しい話は省きますが、世界は異質な存在を認めない。本来なら失われている筈のモノがあれば、それを許容せずに破壊する。士郎以外の投影では、投影したモノは長くても1分程度で跡形も無く消え去ります』
「まて、それでは衛宮の使う投影とやらと、矛盾するのではないのか?」
『……恐らく、士郎は『
「抑止の守護者……?」
『世界は意志を持っている。故に、世界は自身を滅ぼしかねない存在を滅ぼす機能を持つ。ですが、抑止の守護者は人を生き延びさせる為の意志。アラヤの守護者とも呼ばれる存在でもあります。士郎はいつの日か、世界と契約を交わすでしょう……その時に貴女が士郎の傍に居たのなら、彼の選択を止めてください』
「……私が止めたところで、衛宮は躊躇はしないだろうな」
『でしょうね。だからこそ、貴方に頼みたいのです……シロウをよろしくお願いします。もう私は彼に触れることもできません』
「既に死んでいるから、か。故に会えぬ者と会う事できたが、悲しいものだな」
『はい。私は既にこの世に居ませんから、ここに居るのはシロウの中にある鞘の魔力によって構成されている身。それに、後悔などしていませんお互いに』
「なんだと?」
『……貴女はシロウをとても気にかけていますね。貴女になら、シロウを託せます……彼がまた馬鹿なまねをしようとしたら、殴ってでも止めて下さい』
「善処する」
『フフッ……貴女も、苦労しているようですね。シロウを、よろしくお願いします』
「待て、貴公の名は?」
『……アルトリア。アルトリア=ペンドラゴン』
少女がシグナムの問いに答えると同時だろうか、少女の姿は光の粒となって消えていった。
光の粒が完全に消え去ると、シグナムは衛宮が眠るベッドへと近づいて行く。
手を伸ばし、指先が頬に触れた。かすかなぬくもりを感じつつ、その指先を移動させていく。
頬をなぞり、顎先へと指が移動していった。
椅子に座ると、衛宮の手を握り締めた。手放さないように強く、彼がどこかへ行ってしまわないように。
彼女……アルトリアと名乗った少女の言うように、もしかしたら自分達の前から姿を消すかもしれない。
その時は何処にいようが首根っこを掴んで連れ戻してやろう、そんな事を思いながら眠りへと落ちていた。
そして一週間の時が流れ、シグナムはいまだに眠り続ける衛宮を看ていた。
あの時、セイバーと名乗った少女から聞かされた事実は、彼女にとって信じられないものだった。しかし、あの無限の剣が突き立つ乾いた大地をこの目で見て、星の光よりも眩く貴い光の剣を見ては信じないわけにはいかなかった。
眠っている場所はアースラ艦内ではなく、海鳴市にある病院の一室だ。高町家も彼の見舞いに来て帰って行き、今はシグナムと眠り続ける衛宮の二人だけが病室にいる。
たった一週間で体中の傷は殆ど癒えており、後は目を覚ますのを待つばかりだ。
リィンフォースも時折ここを訪れていて未だに目を覚まさない衛宮をみて、悲しみを顔に浮かべていた。
「衛宮……いつまで寝ているつもりだ? 早く目を覚ませ、主はやても高町もテスタロッサも心配しているのだぞ、お前らしくもない!」
小さな呟きだったはずなのに、気づけば大きな声を出してしまっていた。
それでも衛宮は目を覚まさない。そんな毎日は、シグナムを始めとして彼を慕う者達の笑顔を曇らせていた。
横たわるベッドに腰をかけて衛宮の頬に指先が触れる。温もりを感じ、その指先は唇へと伸びていく。
生気が失われていた一週間に比べ、今では生気に満ちあふれている。なのに未だに目を覚ますことなく眠りに就いていた。
誰も見ていない病室には眠り続ける衛宮とシグナムの二人だけ。だからなのか、シグナムは衛宮の厚い胸板に身を任せることにした。
衛宮の体温を感じながら、眠りに就こうとして衛宮の手が動こうとしているのに気付き、慌てて起き上がろうとしたところで肩を抱かれて起きることができなくなってしまう。
「衛宮、何時目を覚ました?」
「つい先ほどだ……はやては無事か?」
「今は自分の身を心配しろ、馬鹿もの!」
「すまない」
「まぁ、いい……身体は大丈夫なのか?」
「あぁ。君の体重が心地いい位だ。心配させてすまなかったな、シグナム」
「全くだ、私を含めて多くの人に謝ることだな」
「そうだな、特に桃子さんには頭を下げないといけないかもしれないが……シグナム」
「なんだ?」
「もう暫くこのままで居させてくれ。今は君の温もりを感じていたい」
「断ると思ったか? 私も同じだ。今は衛宮の温もりだけが欲しい」
シグナムの答えを聞いて、二人は意識を通わせたかの様に顔を近づけていく。
唇が触れんとするその瞬間に、衛宮は顔を遠ざけて入口を見据えた。
それを不審に思ったシグナムも入口へと視線を向けると、そこには人がいた。
小学生の少女が五人と車いすに座った少女に金髪の女性と赤毛の少女。
子どもたちは顔を赤くして、金髪の女性と赤毛の少女はニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ふむ、こうなれば見せつけるしかあるまい」
「ま、まて衛宮!」
「何を恥ずかしがる必要がある。お互いがお互いの温もりを欲しているのだ、それに従うのが道理だろう?」
「だからと言って、子どもたちがいる前でする必要性はないだろう!!!」
「あたしらは邪魔見てぇだからまた明日来ようぜ」
「ヴィータぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「そうね。はやてちゃん達にはまだ早いものね」
「シャマルぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!」
いそいそと出ていく御見舞客。シグナムはしっかりと衛宮に肩を抱かれていて、動くことができなかった。
顔を赤くしてその腕から逃れようとする彼女は、烈火の将でも何でもない一人の女にしか見えなかった。
バタバタと暴れたのは5分にも満たない時間で、シグナムは衛宮に抱かれたまま不満そうな顔で睨みつけている。
苦笑しつつシグナムをしっかりと抱きしめる衛宮。
もう手放さないと、ひっそりと胸に決めてシグナムを強く抱きしめた。
シグナムは衛宮の抱擁に身をまかせながら、腕を回して背中に触れる。
強く。大きく。雄々しいその背中だが、目を離し、手を離せばどこか遠い世界へと消えてしまいそうな、儚い背中だ。
衛宮に抱きしめられたシグナムは、心地よさを感じながら襲い来る睡魔に身を任せて意識を手放した。
どうやら衛宮も同じらしく、二人して抱き合ったまま眠りに就くのだった。
程なくして見舞いに来た高町家一同にその場面を目撃されるのはまた別の話である。
A's編ラストシーンの妄想を描いてみた。
設定とか色々と矛盾があるけどこまけぇこたぁいいんだよ!!(AA略
シグナム×衛宮ってなんかおさまりよくないか、とか考えて書いただけです。
えぇ。本編なんてそっちのけで書きましたよ!
とりあえず、ラストバトルで固有結界発動→本編の展開→最後に無茶してエクスカリバーぶっ放して一週間の意識不明の重体。
こんな感じで想像してくれればおk
ほかに同じような小説書いてる人はいないものか!